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工 房 雑 記   2005

12月25日
このところ、12月5日の降雪以来、毎日のように、雪降りが続いている。
お蔭様で、自分の仕事のはかどらないこと、この上ない。屋根雪も、もう2回程下ろした。
スノーダンプで下ろすのだが、これがまた、重労働だ。
最近はすぐ、息切れがしてしまい、自分の不甲斐無さにあきれる。
これが年のせいだと思いたくないのが本音だ。
屋根雪下ろしが終わると、今度、下ろした雪を除雪機で片付ける仕事が待っている。
今回は雪の量も多いので雪捨て場が山のようになり、除雪機で吹き上げても届かない位の雪の山である。
11月27日
今日は、穂高のギャラリー有遊でのグループ展最終日で搬出日でもある。
少し早めに家を出て、私の友人の【
伊藤博敏君(自遊石)】個展を見ようと朝日村の朝日美術館に向かった
ちょうど友人も在廊しており作品への思いも聞けた。
又、今回の穂高のギャラリー有遊でのグループ展にも10人程の作家が参加している。作家同士の話になると本音が聞こえて面白い。アートとお金の関係は、難しいものがある。私も共感する所であり、笑うに笑えないところでもある。彫刻家で大学の教授をやっている方が、私はフリーターと同じです。彫刻では生活が厳しいと言う。そんなバカな?と思いながらもやはりそんなものかとも思う・・・・!
話は変わるが、今日午前中は仕事をした。右の写真の子供達の表情が、私事だが、少し自己満足している。すこし嬉しい。
11月23日
久々の工房雑記だ。
私は、仕事中に聴くか聴かずか、いつでもラジオをかけている。時々私の仕事仲間の歌手の声が流れてくるのである。
私の自慢でもある。その人の名は「
手仕事屋きち兵衛」と言い、私の古くからの仕事仲間で、伊藤君と言う。
わすれ雪、安曇野、風暦等のヒット曲もある。
この1週間NHKのラジオ番組「私の本棚」で、伊藤君の本「ひとりぼっちのコオロギ」の朗読が始まった。
彼は、今でも木彫をやりながら歌っているのである。
9月26日
23日〜25日の2泊3日の木彫合宿に4名が参加してくれた。そのスケジュールを紹介しよう。
◆23日 1時〜5時半まで木彫実習>温泉入浴>夕食>7時半〜11時木彫実習
◆24日 9時〜12時木彫実習> 手打ちそばでの昼食後、私の車で松本方面へ
◆私とは兄弟弟子にあたる竹岡氏の工房訪問。
仏像、面、レリーフ、オブジェ、鏡等木彫の幅が広い竹岡氏は、皆さんから質問攻めを彼の絶妙なトークで交わしていた。居心地の良さで、重い尻をやっと上げたら1時間30分の訪問だった。
◆アザレアギャラリーでの個展見学、ここの喫茶室でコーヒータイム。
◆個展会場を後に、私の友達の神社仏閣彫刻を主としている中牧氏の工房訪問。仕上がり寸前の等身大の僧侶の像を2体が迎えてくれた。彫刻の大きさに皆さんが圧倒され質問も少なめであった。
◆6時木彫り小舎着>温泉入浴>夕食>8時〜11時半木彫実習
◆25日 9時〜12時木彫実習>昼食後解散の予定がずれ、2時半まで仕上げ等後2時半解散。
◆トータルで約19時間の木彫実習であった。この集中実習は上達も早いが、このやり遂げた皆さんもすごい。脱帽!!
9月22日
個展会期も終盤に入った。
今回の個展でも使ったが人形の台座にしている古材について私の思いを記してみる。
右の写真は、木彫り小舎の食堂にかけてある古材流木の私の作品だ。中心の円だけを彫ってある。
これは川原で大きな石に挟まれていたのを拾って来た。もちろん木には無数の傷跡もある。
私は、自然木の流木にはあまり興味はない。
写真を見れば解るが、これは板であり、人が加工したものなのだ。何らかの目的のために使用されたものだと思うが。
この流木が、人工加工されていることに生活感が匂い、親しみと懐かしさを感じる。
又、朽ち果てた姿は、時間的な経過を染み込ませており、遺物化も漂う。
この遺物化は神聖さをも合わせ持ち、木の持つ力強い生命感、温もり感も伝わってくる。
これぞ、アートとしか言いようがない。
私は、常々求めている、人間臭く、郷愁を感じるものがそこにある。
それが、私の人形を置くと妙に合うのである。
 8月18日 
今朝方、庭先の野草の中で蝉を見つけた。
それも2匹を1度にである。今年は蝉の当たり年か・・・?
早速、デジカメで撮ろうと思ったが、なかなか、じっとしてはくれない。意外と足も速い。多少ピンボケ部分はあるが何とか取れた。
高村光太郎(光太郎は蝉を彫っている)ではないが、いつか蝉も彫ってみたいと思う。(写真をクリック)
8月15日
工房での仕事中、突然、オニヤンマが工房の中に勢い良く入って来た。
窓ガラスに当たりブルブルやっている。
トンボを観察したいと思い、ちょっと捕まえて、デジカメで撮ってみた。
左の写真がそれである。(写真をクリック)
もちろん撮った後はすぐ外に放してやった。
オニヤンマには、子供の頃の思い出がある。
蚕の網を持ち、田んぼのせぎで身を低くして待っていると、オニヤンマがせぎ上を川上から一直線にやってくる。それを蚕の網で捕まえたものだ。
このトンボは、直進的に飛ぶので簡単に捕まえることができた。
その頃の、オニヤンマは今回のより大分大きかったような気がするが・・・・・良く分からない。
変なことをついでに思い出したが、私は子供の頃、トンボを食べた記憶がある。味まで覚えているのである。
今、食べろと言われれば、食べる気はしないけれど、なぜかそんな記憶がある。
変な事ついでに、もう一つ記しておこう。
夜中の工房は、私の飼っている紀州犬混じりの犬が寝ている。名前はシロでやはり白い犬だ。
この工房の中に、今までに3回ほど大きな糞をしてあることがあった。
それが、はじめはシロのものかと疑ってはみたが、シロはつながれているので、その糞にはとどく距離ではない。シロが糞を見ておびえている感じからして何者かが入った事は、確かだ。
それなら、なんの糞であろうか。つながれている犬のそばでなんと、ふてぶてしい糞であろうか。
今だに、その正体は明かされてはいない。
工房の横の機械場に動物の足跡を見たこともある。又、近所ではタヌキを目撃した。
工房の床下にタヌキの巣があるのではないか・・・・・?こんな推測も・・・・
7月15日
5月のまつもとクラフトフェーで、売れ残った人形で気付いたが歯を出して笑っている人形が一つもなかった。こんな事も不景気な世の中を反映しているのだろうか。

特におばさんは笑った方がいいらしい。
私の好きな、気難しい顔、頑固そうな顔は暗さを感じるらしい。
このおやじの、不景気なんかどこ吹く風の、このたくましさが感じてはもらえないものか。
なんとも寂しい世の中である。
とは言え背に腹は変えられぬ。笑ったおばさんをばかり創ってしまった。
結局、私も世の中に流されているのか。
若い時には流れに逆らってばかり来た私が・・・これも又寂しい話でもある。
6月2日
まつもとクラフトフェーが5月28日29日に開催された。
私も出店した。今年で私は3年目の出店だが、相変わらず来場者も多い。
今年は展示に工夫をしてみた。興味を示し、写真を撮る方が増えた。
私も、来場者に混じりそっーと声を聞くと、結構いい反応が聞こえる。
「昔は,こうだったよね」「どこの誰々にそっくり」こんなのが多かった。
「かわいい!」もあったが、これはちょっと複雑な気持ちだ。
でも手応えは充分あった。
5月3日
風俗人形の一番小さいのを「まつもとクラフトフェアー」用に100個程彫りあがった。
この人形に限っては女房が彩色をしている。目だけは私が入れる。
こんな小さな人形でも、ひとつひとつにわたしの思いが残る。
それは、私には同じものを創ろうと言う気はまったくない。
いつも1点々を新鮮な気持ちで仕事をしたいからだ。
そうでないとコピーするような仕事はとても疲れるし私には向いていない。
だから正直言って人形のでき悪しはある。
でも又それが人間臭くて良い。
いろいろな人間がいるように、いろいろな人形があっても良い。
3月15日
このところ大きめの人形をやっていたが、行き詰まりを感じ途中でやめている。
こんな時は気晴らしに写真の風俗人形の一番小さいのを始める。
これは私の原点になる人形だが楽しく面白いように彫れる。
頭のマサージにはとても良い。
これを彫っていると、又新たな発想とヒントを得ることもある。
話は変わるが、今年の松本クラフトフェアーの出店通知がきた。
本年のの応募者数は、827組で選考審査で250組に絞られ出店できることになる。
受験に合格したような気分でもある。
クラフトフェアーには、全国からクラフト作家や見に来るお客さんはもちろん、クラフト関係の小売店をはじめ画廊、美術館、雑誌編集社等あらゆる人が集まってくる。
だから私にとっても勝負の時でもある。
3月3日
久し振りの工房雑記だ。
ビンボウヒマナシとは私のことだ・・・・・!
つくづく思う今日この頃・・・・・・
木彫を長年やっていても初めての仕事もある。
それが写真のお雛様だ。
そして3月3日の雛祭りで大安の今日、土壇場でなんとかお納めすることができた。
胡粉仕上げ、模様彩色等、本当に手間のかかる仕事だ。
初めての仕事は、いろいろな意味で勉強させられる。でも、又ひとつ自分の新たな方向も見つけられたような気がする。

1月24日
私はいくつかの作品を平行して仕事をしている。
その内の2点が、ようやく彫りの仕上がりとなった。
後は彩色に入る。高さ26cmでこの位の大きさでシナ材の作品は3作目だ。
シナ材は軟らかく粘りもあり、割れも殆んどこない。
シナの彫りは粘土付けと同じ感覚で彫れるのが不思議だ。
彫刻等が面白いように動き、自分のイメージを形にしやすい。
ある意味で実験的作品だが、自分としては手応えを感じている。
人形の顔の皮膚感が私の人形にあっているのではないかと思う。
今後このような対作品を幾つか考えている。
説明的になり過ぎやぼったくなるかとは思うが、あえて分りやすい点が又良い。、
1月13日
年末寒波でなんとかスキー場も一部滑走可能とはなったがもう少し降雪が欲しい願っていたところ、この2・3日降るは、降るはで雪が止まなかった。大雪警報まで出て今朝方は我工房も駐車場のお客さんの車も、すっぽり雪で埋まってしまった。積雪は膝上まであった。
12日にも50cmほど積雪があり駐車場も除雪をしたばっかりの後でこの光景だ。
屋根雪は1m以上あり今季初めての屋根雪下ろしとなった。
こんな雪下ろし、除雪が私の冬の追加仕事だが結構、時間を取られる。
でも今は除雪機あり本当に楽になったが、それでも昨日と今日の半日は除雪作業で終わった。


左端の写真が工房
中が駐車場で雪に埋っている車
右端が除雪中の私
2005年1月7日
私の所は小さな宿もやっているが、私は除雪と女房の買出しの運転手位でほとんど1日中木彫をやっている。
今日は私の仕事を少し紹介したいと思う。
写真が私仕事場の仕事机だ。
ベニヤ板1枚位の広さだが彫りかけの作品が幾つか並べてある。
私は、試作品や彫りに行き詰った作品はそこでやめ外の仕事をすることにしている。
そんな作品を目の前に置きながらいつも仕事をしていると、いつの日か行き詰った作品も、ふっと先が見えてくることがある。これは意図的にやっていることであるが、大事なことでもある。

 前項で記したように木はいっぺん削ったものは元には戻せない。慌てず急がず彫ることだ。
・・・とは言え、気短な私は彫り過ぎて失敗ばかりしているのが、本音でもある。
あえて行き詰まり作品を写真でお見せしよう。
私は、モデルを使わずイメージのみで彫っている。
どこの誰々ではなく、どこにも居そうな親父、おばさん、子供を彫りたいと思っている。
直彫りと言うのは、彫っている最中に思いもかけない発見もある。
この子供も偶然にできた表情だが何を見つめているのか、私には解らない。
しかしこの表情は私の好きな表情だ。そこで彫るのをやめている。
いつかこの子供も仕上がりホームページに載せたいと思っている。
直彫りと言うのはイメージ通りには進まないことも常でもある。
それが、楽しくもあり、面白くもあり、苦しくもあるのだ。

12月28日 
写真が私の工房だ。カラマツのログキャビンと枕木の工房で昭和57年に自分で建てた。
たとえ小さくても自分の工房なので一番落着く場所でもある。
お店の人形はこの工房で生まれる。
この工房で独り毎日それこそ黙々と仕事をしているわけある。
時には徹夜をすることもある。
それだけ仕事をすればさぞかし作品もいっぱいあるかとお思いであろうが
私の仕事は仕事量=作品数とはいかない。
木彫は粘土のように取ったり引っ付けたり出来ないしいっぺん削ったものは元には戻せない。
私は簡単な下絵程度で自分のイメージのみで木を彫っている。
「直彫り」と言われているが、作者の思いや意図が彫刻刀を通じ直接素材に伝わる利点がある。
ただ、失敗の確立が多く仕事量のわりに作品数が少ないと言う私の言い訳でもある。